アンコール遺跡群の中では、最も遠くにある遺跡で王都から北東約40km、聖地プノン･クレーンの麓を流れるシェムリアップ川の河畔にある寺院遺跡である。タ･プロームから森のなかの簡易舗装の道を進む。途中、高床式の農家や大規模な学校も道から垣間見えたが、乾期のためか畑に作物は見当たらない。
約1時間でバンテアイ･スレイの駐車場に到着。門前市のように売店が並んでおり、それらを横目にみながら、正門まで数分の距離である。
バンテアイ･スレイは、967年に作られたヒンズー寺院で、ラージェンドラヴァルマン二世の時代に建設が開始され、次のジャヤヴァルマン五世の時代に完成した。周囲400mほどの小規模な遺跡である。
バンテアイ･スレイとは、｢女の砦｣の意味、尼寺？だったということなのだろうか。
1930年頃に修復されるまでは崩壊していた。2001年に祠堂と拝殿の載る基台部の周囲に柵が設けられてそれ以上内部に入れない。これまで観てきた遺跡の石材が白灰色系なのとは違って赤く硬い砂岩である。このため、彫像や装飾の彫刻の彫りが深く鋭い。すばらしく細密な石造彫刻である。これらが夕陽に照らされるとバラ色に染まり寺院全体が燦然と輝く。
バンテアイ･スレイ寺院の入口は意外に小さい。腰をかがめて一人がやっと出入りできる程度。
入口を入ると、周壁に囲まれた中央祠堂部分まで続く石畳の参道の両側の池では睡蓮が咲いていた。
出所：http://www.angkorholiday.org/iseki/banteaysrei/banteaysrei.html
http://www.angkorholiday.org/iseki/banteaysrei/banteaysrei.html
撮影：2008/01/15
出所："Michael D. Gunther / www.art-and-archaeology.com"
バンテアイ･スレイ寺院の平面図を見ると、中心の中央祠堂を囲む第一周壁、その外側に第二周壁、第三周壁、第四周壁となっている。
正面の門を入り、参道を進んで、第三周壁の門を入ると、蓮池に囲まれた第二周壁に囲まれた石畳の巡回路、その内側が第一周壁に囲まれた祠堂域。柵があって観光客は第一周壁内には入れない。
その中央祠堂の両側に描かれているのが、デーヴァダー(devata：female deity−女神)、西欧で｢東洋のモナリザ｣と絶賛されているという彫像のレリーフ。
筆者のカメラは望遠機能がないのでその美しい姿を残念ながら撮ることはできなかった。
この寺院がアンコール遺跡群の中心から遠くに離れているにも拘わらず、必ず観光ツアーのコースに入っているのは、小規模ながら赤い砂岩の彫像がすばらしく細密で技術水準が高く、アンコール芸術のなかでもその重要性が強調されていること、もう一つのエピソードが多くの西欧の観光客を引きつけるのである。
フランスの作家で後にドゴール政権の情報相や文化相となったアンドレ･マルローが、若かりし頃(1923年)、妻ともにカンボジアに旅行し、このバンテアイ･スレイ寺院の女神の彫像を盗んだとして、友人とともにプノンペンで逮捕された。翌年(1924年)7月、プノンペン裁判所でマルローに禁固3年の判決が下った。
無罪判決を受けた妻は急遽フランスに帰国して、知識人たちに救援活動を呼びかけた。有名知識人の署名嘆願活動などの成果があり、10月にサイゴンの控訴審で執行猶予1年に減刑、11月にマルローはフランスに帰国した。このエピソードは1930年に発表した彼の小説｢王道｣の原体験となったといわれている。
インターネット検索でその東側のデーヴァダー(devata：female deity−女神)、西欧で｢東洋のモナリザ｣と絶賛されたクリアな写真を探し出したので以下に掲載する。実物は身長1m位の小柄な彫像である。
central shrine, Banteay Srei
出所："Michael D. Gunther / www.art-and-archaeology.com"
バンテアイ･スレイ寺院の観光を終えて、森の中の舗装道路(数年前に簡易舗装された)を戻り、シェムリアップ市内に初めて入る。車と人が行き交う雑踏の中をドライブして中華海鮮レストランで昼食後、ホテルに戻って休憩。
(つづく)